Japanese car: 3月 2009

2009年3月31日火曜日

The seventh generation NISSAN LAUREL

7代目 C34型(1993年-1997年)

1993年1月、C34型にモデルチェンジRestyling

全車3ナンバーとなり、ボディ形状は、側面衝突時の安全性を確保する観点から、センターピラーを加えた4ドアピラードハードトップとなる。

ASCD(オートスピードコントロールAuto speed control)、ステアリングスイッチSteering wheel switchはメダリストV・Gセレクションにのみ装備された。
クラブSには電動スーパーハイキャス、ABSが装着されたものが用意された。

搭載エンジンはRB20E型、RB20DE型、RB25DE型およびRD28型。4気筒1800ccは廃止となった。

ビスカスLSD、リアマルチリンクサスペンションRear multilink suspension、電動SUPER HICASを採用、ディーゼルRD28型については3バルブヘッド(計18バルブ)が採用された。

ミッションは5速MTがディーゼルメダリストのみに残り、ガソリン車のMT車は廃止。

1994年9月、マイナーチェンジで後期型となり、ローレル初の4WD車とメダリスト系ターボ車が追加。

後期型へのマイナーチェンジを機にC34型の発売当初から不評だった外観デザインが大幅に変更された。

2009年3月30日月曜日

6代目 NISSAN LAUREL

6代目 NISSAN LAUREL C33型(1989年-1993年)

1988年12月に発表。

日本では1989年1月より発売。

ボディは4ドアハードトップFour-door hardtopのみで、歴代最後の4ドアピラーレスハードトップとなる。

なお、このC33型は元号が平成に変わってから最初に発表/発売された国産車である。

エンジンはV6エンジンが姿を消し、RB20E型 (SOHC) 、RB20DE型、RB20DET型(以上の2つはDOHC)直列6気筒2.0L、CA18i型直列4気筒SOHC1.8L、RD28型直列6気筒ディーゼルを搭載。

リアマルチリンクサスペンションが採用され、一部グレードにはHICAS-IIも設定。

4気筒モデル (CA18i) と直列6気筒ディーゼルモデル (RD28) には教習車仕様も存在した。

1991年11月、3ナンバー車のRB25DE型 直列6気筒DOHC2.5Lエンジン搭載グレードを追加。

2.5L追加と同時に既存モデルはサイドドアビームSide door beamとハイマウントストップランプHigh-mount stoplampを全車に装備。All cars are equipped.


また上級グレードを中心に車種整理。

2009年3月28日土曜日

5代目 NISSAN LAUREL

5代目 C32型(1984年-1993年)NISSAN LAUREL

1984年10月、C32型にモデルチェンジRestyling

ボディバリエーションBody variationは4ドアセダンFour-door sedanと4ドアハードトップFour-door hardtopで、押し出しが強く角ばったデザインSquarish designとなった。

世界初World firstの電動格納式ドアミラーElectric storage type door mirrorを装着。

搭載エンジンはRB20E型 直列6気筒SOHC2.0L,VG20ET型V型6気筒SOHC2.0Lターボ、CA18S型直列4気筒(LPG仕様あり)、LD28型直列6気筒SOHC2.8Lディーゼル。

C32型よりステアリングシステムにラック&ピニオン式を採用した。

1985年5月、特別仕様車グランドエクストラリミテッド発売。

1988年2月、20周年記念特別仕様車スーパーメダリスト発売及び一部改良。

5月、特別仕様車ホワイトリミテッド発売。9月、スーパーセレクションシリーズ追加。

12月、自家用モデル販売終了Private model sales end。


1989年1月 営業車モデルのA/T車にシフトロック採用。

1993年7月、営業車モデル販売Business car model sales end

2009年3月26日木曜日

4代目 NISSAN LAUREL

4代目 C31型(1980年-1984年)

1980年11月、C31型にモデルチェンジRestyling

開発主管は、設計を共用していたスカイラインSKYLINEの開発主管と兼任の形で桜井眞一郎が務め、ボディバリエーションBody variationは4ドアセダンFour-door sedanと4ドアハードトップFour-door hardtop。

デザインDesignを一新Changing、欧州調のスタイルStyle of Europeanとなった。

4ドアハードトップFour-door hardtopの空気抵抗係数Coefficient ratio of aerodynamic efficiency(Cd値)は0.38。
エンジンは4気筒モデルにZ18型、Z20型。6気筒モデルにL20型、L20E型、L20ET型、L28E型で、ローレルとしては初めてターボエンジンが搭載された。

さらにディーゼルエンジンは4気筒のLD20型と6気筒のLD28型をそれぞれ搭載した。

1982年9月、マイナーチェンジMinor change

ラジエータグリルRadiator grillのクローム化Making to chromeとバンパーの大型化Enlargement of bumperで押し出しと高級感をアップFeeling of luxury is improved. 。

テールランプTaillightの意匠変更Design change。

エンジンはZ18型にかわり直列4気筒OHC・1809cc CA18S型搭載車を設定。

当時の搭載エンジンはCA18S型のほかに、L20ET型、L20E型、直列4気筒SOHC・Z20S型、およびディーゼル車にLD28型とLD20型の6機種。

L28E・L20(キャブ仕様)・LD20型のAT車・セダンのコラムシフト6人乗り仕様は廃止。

今の時代、コラムシフトの6人乗りがあればある意味かっこいいいーーーのに。

同時に6気筒ガソリン車のAT車はオーバードライブ付のスーパートルコンに発展。

1983年2月、特別仕様車50スペシャル発売。

3月、特別仕様車ジバンシーバージョンII発売。5月、特別仕様車50スペシャルII発売。

7月、フェンダーミラー2モーター化及びドアミラー採用。

10月、教習車、個人タクシー向けとして直列4気筒OHC・Z18P型エンジン搭載のLPG車(グレードはSTD、GL)を追加。

特別仕様車SGLグランドエクストラ(大型カラードバンパーとメダリスト用のホイールキャップを装備)及び50スペシャルIII発売。

2009年3月24日火曜日

3代目 NISSAN LAULEL

3代目 C230型(1977年-1980年)

1977年1月、C230型にモデルチェンジRestyling。

ボディバリエーションBody variationは4ドアセダンFour-door sedan、4ドアハードトップFour-door hardtop、および2ドアハードトップTwo door hardtop。

搭載エンジンInstalling engineはL18型L18 type 直列4気筒 Four series cylinders SOHC1.8L、
直列6気筒Six series cylinders SOHC L20型L20type  L20E型 L20Etype  、L28型L28type 

1978年11月、マイナーチェンジ。

ヘッドライトHeadlightが角目4灯式Four corner eye light typeになる。

オートエアコンAuto air conditioner装備Equipmentの最高級グレードThe highest class grade「メダリスト Medallist 」グレードGradeおよびSD20型 直列4気筒OHV2.0Lディーゼルエンジン搭載車を追加。

1980年2月、ハードトップHardtopのメダリストMedallist に電動サンルーフElectric sunroofをオプションOption化。

ローレル初のサンルーフ車となる。

2009年3月23日月曜日

2代目 NISSAN LAULEL

2代目 C130型(1972年-1977年)

1972年4月、C130型にモデルチェンジRestyling

ボディバリエーションBody variationは4ドアセダンFour-door sedanと2ドアハードトップTwo door hardtop。

ハードトップHardtopは、リアバンパーrear bumperにビルドインされたテールランプTaillightを持つ。

プラットフォーPlatformはC110型スカイラインSkyline共通。

ハードトップHardtopの特徴的なリアスタイルから『ブタケツ』という愛称がある。

1973年10月、マイナーチェンジMinor change。

ローレル初の3ナンバー車の直列6気筒SOHC L26型エンジン (2565cc) を搭載する「2600SGL」追加。

1975年9月、昭和50年排出ガス規制に対応するため、L26型エンジンを 2.8L のL28型へ変更。

1976年2月、L20E型エンジンが昭和51年排出ガス規制に適合。

6月、1.8Lおよび2.0Lキャブレター仕様が昭和51年排出ガス規制に適合。

2009年3月21日土曜日

日産・ローレル

初代 C30型(1968年-1972年)

1968年4月、発売開始。Release

510型ブルーバードより上級で、かつ、法人需要の多い130型セドリックとは性格の異なる「ハイオーナーカーHigh owner car」として企画された。

ブルーバードBluebirdによく似たフロントデザインだったんですね。

発売当時、私は4歳ですから、見た覚えはないですね。

今走っていれば、かなり目立つでしょう。

ライトバンVanやピックアップトラック Pickup truck タクシー仕様Taxi specification(1983年まで)などの商用車Commercial vehicleを一切設定しないIt doesn't set it at all. 、日本初の「ハイオーナーカー」であった。

2009年3月20日金曜日

The sixth generation TOYOTA CHASER

6代目(X100系)1996年 - 2001年

1996年9月登場。

この型のマークII MARKⅡ/クレスタ CRESTAそれぞれに独自のキャラクターCharacterが与えられ、その中でチェイサーCHASERは最もスポーティーSportyな位置づけであり、オーバーハングが前後短縮され、丸型4灯ヘッドランプの鋭い顔つきとなっている。

ツアラーVは若年層から未だに強い人気Popularityがあり、状態のいい物は中古車市場Secondhand car marketにて高値High price取引されている。

特別仕様車Special editionとしてエクステリアExteriorを中心にTRD(トヨタテクノクラフト・トヨタの特装部門)のエアロパーツなどを装着した「TRDスポーツSports」モデルも存在する。

5代目 TOYOTA CHASER

5代目(X90系)1992年 - 1996年

1992年10月登場。全車All cars3ナンバーThree numberplatesとなる。

他の姉妹車と同じく、人気の高い1JZエンジンを搭載し居住性がよく質感も高く、

それでいて近年価格が下がってきているIt has sunk in price. ことからチューニングカーTuning carのベースBaseとして人気が高い。

マークIIやクレスタと兄弟車にあたるパーソナルセダンPersonal sedan

90系と呼ばれるこのモデルは、バブル景気Bubble boomという世相を受けて、先代よりもさらにラグジュアリィ志向Luxuryが強くなった。

またTRC、ABS、トルセンLSD、TEMSなどの最新の装備を採用することで、安全性と走行性を大幅に向上させた。
ツアラー系とアバンテ系の2シリーズがあり、エンジンは2.5Lの直6ツインターボと2.5Lの直6、2L、1.8Lの直4、2.4Lディーゼルが設定されていた。(1992.10)

ボディタイプBody type          セダン Sedan
最高出力Max power(馬力Horsepower) 97~280
全長×全幅×全高 Total length × width × total height(mm) 4750x1750x1390 他
駆動方式Drive system FR/4WD
排気量 Engine displacement (cc)  1838~2997
乗車定員Riding capacity         5名

2009年3月18日水曜日

4代目 TOYOTA CHASER

4代目(X80系)1988年 - 1992年

1988年8月登場。

マークIIMARKⅡとの違いに斜め格子のフロントグリルFront grilleや横一文字のリアコンビネーションランプRear combinations lampを採用した、スタイ
リッシュStylishな4ドアハードトップFour-door hardtopとして登場した。

姉妹車のマークII/クレスタと共に大ヒットし、現在の道路でも見かけることが多い車のひとつである。

この頃の年式のチェイサーChaser マーク2MARKⅡ クレスタCRESTA はまだまだ現役ですよね。

教習車仕様も引き続き設定され、4気筒エンジン(1.8Lガソリン・2000LPG・2400ディーゼル)がそれぞれ搭載され、同時に教習車仕様はこの代が最後になった。

教習車、僕らの頃は、TOYOTAクラウンCROWNと、日産セドリックSEDRICがとても多かったですよ。

年がわかります。

4代目(X80系)1988年 - 1992年

4代目(X80系)1988年 - 1992年

2009年3月17日火曜日

3代目 TOYOTA CHASER

3代目(X70系)1984年 - 1988年

1984年8月登場。

「アバンテAbante」はこの代からラグジュアリーLuxury系グレードとなり、

同時に4ドアハードトップFour-door hardtopのみの展開となる。

エクステリアExteriorは姉妹車のマークII Mark II、クレスタCRESTA比べ全長が短く、

若干スポーティーSportyなものだったが、

マークIIやクレスタと同様の内装Interiorの豪華Gorgeousnessさも特徴Featureであった

2009年3月15日日曜日

2代目TOYOTA CHASER

2代目(X60系)1980年 - 1984年

1980年10月登場。

ビスタ店向けに開発されたクレスタcrestaも加わりマークII3姉妹と呼ばれるようになった。

2ドアハードトップTwo door hardtopは消滅し、4ドアセダンFour-door sedanと4ドアハードトップFour-door hardtopのみとなる。

この代から最高級グレードとして、ハーダーサスペンション・ミシュランタイヤMichelin tireなどが奢られた「アバンテ」Abanteを設定するなど、先代からスポーティー路線Sporty routeを昇華させた。

デザイン面でマークII MARKⅡとの大きな差別化が初めて図られているが、フロント・リアのデザインDesignが違う以外は

マークII MARKⅡと全く同一であった。

初代 TOYOTA チェイサーCHASER

初代(X30/40系)1977年 - 1980年

1977年6月登場。

コロナ・マークIICorona mark IIのトヨタオート店Toyota auto shop向けの姉妹車Sisters carとして、

なおかつ同クラスの人気車種だった日産・スカイラインNissan skylineの対抗馬として開発されたため、

マークIImark IIよりも若いユーザーYoung userを狙ったものであった。


歴代唯一の2ドアハードトップTwo door hardtopも存在した。

2009年3月14日土曜日

トヨタ・クレシダ (Cressida)

Cressida
マークⅡセダンタイプ・ワゴンタイプないしはクレスタCRESTA姉妹車Sisters carでもあり、日本で生産され、アメリカ合衆国を中心に各国へと輸出されていた。

生産期間Production periodは1977年から1992年(X30型~X80型)、4代Four generationsに渡って製造された。

日本では、「クレシーダ」と呼ばれることも多い。

左ハンドルExport specification carの日本車がほしい。

2009年3月12日木曜日

9代目 TOYOTA MARKⅡ

マークIIとしての最終モデルThe final modelとなったX110系は、
それまでの4ドアハードトップFour-door hardtopから、
クラウン(S170系)と共通シャシの4ドアセダンFour-door sedanに移行した。

姉妹車であったチェイサーとクレスタが廃止となる。

その代わり販売上の代用の姉妹車としてヴェロッサが登場。

ヴェロッサって車おっさんくさいって感じがした。興味がわかなかったのでどんな形か覚えていないよ。

歴代で最も背の高いボディ、厚みのあるヘッドライト、テールライトが歴代の横長型から一転して縦長になるなどにより歴代で最もボリュームあるデザインといえる。

室内が高くなった事が高評価される一方で、テールライトのメルセデス・ベンツ Cクラスからの模倣が指摘されたりもした。

本当によく似たテールライトだね。デザイナーの手抜きだと思う。

2009年3月11日水曜日

8代目 TOYOTA MARKⅡ

8代目 X100型(1996-2000年)

1996年、モデルチェンジRestyling。フロアパネルはX90系のフロアパネルを流用。

1998年8月、マイナーチェンジMinor change。フロントグリル・リアテールランプのデザインを変更した。

標準装備の TE37 がチェイサー・クレスタと共通化される。

マークII誕生30周年特別仕様車「DRIFT SpecⅡ 」が販売。

HKS製前置きインタークーラー、HKS製タービン、(http://www.hks-tf.co.jp/) 

TRD機械式LSD(http://www.trdsparks.com/)
ORIGIN製フルエアロ、(http://store.shopping.yahoo.co.jp/success-west/d22-set.html)

BRID製フルバケットシート

柿本製チタンマフラー(http://www.kakimotoracing.co.jp/)kakimotoracing
など、社外製品がたくさん装備された。

2009年3月8日日曜日

6代目マーク2 MARK2

マークIIの6代目はX80系で、トヨタにとっても前世代のX70系がヒットしたことを受けて、着実に進化させているモデルです。

マークIIにとってもバブル景気に湧いていた時代が生んだ「ハイソカーブーム」がさらに加熱し、それまでの歴代モデル以上に完成度が上がったといわれています。

当時の「ハイソカーブーム」のときには、高嶺の花で買うことが出来なかったですね。

今、当時の車は、ヴィンテージカーVintage car部類になったんでしょうか。

もう20年ほども前ですからね。

ハードトップ系は歴代で最も低い車高(1375mm)

実際乗ってみると、私くらいの身長なら、(168cm)あまり窮屈な感じはしないが、息子くらいの身長になれば、(175cm)横のいてもちょっと窮屈そうだ。

頭の上のクリアランスが、少ないように見える。

この車は、息子のために手に入れた車なので、私は乗らないけれど。

今の車は、空力抵抗とか、エコとかで丸みを帯びているが(はやりかね)、この、6代目マーク2も丸みを帯びている。

燃費はいいかどうか解らないが。

6代目マーク2MARK2

2009年3月7日土曜日

The fifth generation TOYOTA MARKⅡ

1984年8月登場。この代より車名から「コロナ」が取れ、「トヨタ・マークIITOYOTA MARKⅡ」になる

ボディは先代と同じセダンSedanとワゴンWagon、ハードトップHardtop
ハードトップHardtopは、F30型日産・レパード、S120系クラウンと同様にクリスタル・ピラー
Crystal pillarと呼ばれるブラックアウトされたCピラー周りの樹脂処理がスタイリングの特徴

この、ピラーpillarが見えないようにしたのがかっこいいよね。

1988年8月、ハードトップHardtop、セダンSedan販売終了。
これに伴いワゴンWagon(GX70G)・バンVan(YX76V、YX78V)はマイナーチェンジMinor changeを行い、フェイスリフト及びエンジンを1G-FE(ワゴンWagon)に変更し、インテリアカラーを変更。
ボンネット・フロントフェンダー・バンパーをGX71クレスタと同様のパネルに変更、ロングノーズとなる。

ロングノーズのスタイリングStylingのワゴンWagonはなんともいえないかっこよさだったよ。

2009年3月6日金曜日

The fourth generation TOYOTA MARKⅡ

1980年10月、発売。
デザインは直線基調のデザインとなり、2ドアハードトップTwo door hardtopは廃止され、センターピラーを持つサッシュレスの4ドアハードトップFour-door hardtopが加わる。

1982年8月、マイナーチェンジ。
内外装は大幅に変更。フロントワイパーアームReception desk wiper armがこれまでのむき出し式からフルコンシールド化され2000ccツインカム24(1G-GEU、160馬力(グロス値))搭載車も登場。

1983年2月、ツインカム24Twin cam 24に4速のECT(電子制御オートマチックElectronically controlled automatic)が追加。
まだ車名には「コロナCorona」の名は残っていたが、ユーザーや新聞広告・CMでも「マークII MARKⅡ」のみの名称で呼ばれるのが一般的だった。

タクシー、教習車向けのLPG車はクラウンと同じM型LPGが搭載されていたが、1983年以降は1800ccをベースに(E-SX60-XEMRS、車検証上ではSX60改)、コロナLPG車と同じ2Y型LPGを搭載したモデルも教習車向けに生産・販売された。

2009年3月5日木曜日

3代目 TOYOTA MARKⅡ

3代目 X30型(1976-1980年)

1976年に登場した、この3代目MARKⅡは、私が、高校に通っていたときの、先生が乗っていました。

このデザインは、私は嫌いです。

当時アメリカではやっていた、ヨーロッパ調セミクラシックのデザインだそうだが、この流行には乗れなかったね。

学校の先生だから、お給料がたくさんあったのでしょうね、新型の車に颯爽と乗ってきていましたから。

(デザインは嫌いだが、新車に乗れるのはうらやましいね)

単眼2灯式のシンプルなマスクを採用し、そこから通称「ブタ目」と呼ばれる。

グリルとヘッドライトの間にあるランプは車幅灯。

今思えば、ノスタルジックnostalgicですが。

姉妹車「チェイサー」が1977年に登場した。

姉妹車って、比べたことないけど、販売会社の系列同士で、値引き競争とかにならないのかな。

2009年3月4日水曜日

2代目TOYOTA MARKⅡ

2代目はX10型(セダン・ワゴン・バンSedan wagon van)・
X20型(2ドアハードトップTwo door hardtop)で、車両コードが"X"となる(マークXにも踏襲)。

トヨペット コロナは、4代目、5代目の時代だ。やはり、MARKⅡのほうがスポーティーだね。

ボディは大型化された。

スカイラインGTSkyline GTへ対抗すべく、クラウンCrown移植のM型6気筒エンジンを搭載したモデル「Lシリーズ」が登場。

1972年2月 フルモデルチェンジ。
この時の2ドアハードトップTwo door hardtopGSSのフロントマスクが、初代とは随分と精悍さが違うね。

エンジンは4気筒1700(6R)/4気筒2000(18R)/6気筒2000(M)。HTには18R-G型DOHCのGSSが設定される。

1972年5月 Lにツインキャブ仕様(125馬力)と2000GSL-EFI(電子制御燃料噴射)を追加。

1973年8月 マイナーチェンジでフェイスリフトされ中期型へ。6気筒エンジンのLにもEFIエンジン搭載のLGを追加、既存のLのツインキャブ仕様はLXに改称。また6気筒Lシリーズに廉価版のLAと5速MTを装備したワゴンLを追加。1700cc車はエンジン拡大で1800ccの16R型に変更。

1974年8月 排ガス対策準備に備えてフロントノーズを55mm延長するマイナーチェンジで後期型へ。

1974年12月 1800ccにSTD(セダンSedan )とGL(セダンSedan /ハードトップhardtop)追加。

1975年10月 TTC-Cによる50年排ガス規制適合、乗用車の4気筒エンジン車は全車18R型・2000ccに統一。同時にDOHC・ツインキャブエンジンTwin carburetor engineのGSSは廃止、6気筒ツインキャブTwin carburetorのLXはEFI化される

1976年6月 4気筒2000は18R-U型で昭和51年排ガス規制適合。

型式はセダン、ハードトップhardtop C-RX15型。

2ドアハードトップTwo door hardtopのGSSは『ウルトラマンA』に「タックパンサー」として登場している。

この頃、まだ私は、小学生から中学生だったから、車とは関係のない世界にいました。

ウルトラマンを喜んでみていましたよ。

2009年3月3日火曜日

初代TOYOTA MARK II

初代 T60型(1968-1973年)
1968年9月 初代コロナ・マークII発売。

ユーザーの上級志向化や、クラウンとコロナの中間モデルが要望されていたため、当初次期コロナとして開発していたT60系は、「コロナ・マークII」とし、コロナはマイナーチェンジに留め、フルモデルチェンジを2年延期した。

(コロナが3代目 T40/50型(1964年-1970年)のときにマークIIが、発売された。
コロナのボディバリエーションは、4ドアセダンFour-door sedanこの代からコロナの名に統一された2/4ドアバンとシングル/ダブルピックアップPickup truckあった。)

フロントデザインはとても似ているが、マークⅡのほうがやはり高級感があるな。

車両型式はT60系(4ドアセダンFour-door sedanとT70系(2ドアハードトップTwo door hardtopで、コロナの型式を踏襲する。

デザインはコロナの「アローライン」を継承しながらも、ひと回り大きくゆとりあるものとなった。

ワイドバリエーションを誇り、4ドアセダン/2ドアハードトップTwo door hardtop/バンに加え、ワゴン、さらにピックアップモデルまで用意されていた。

今時のモデルにはピックアップPickup truckがないから寂しいね。実用性を考えるとトラックになっちゃうけど、
格好は、ピックアップPickup truckの方がだんぜんかっこいいのに。

エンジンは1600ccの「7R」と1900ccの「8R」で共に水冷直列4気筒SOHC。それぞれにシングルキャブレター仕様とSUツインキャブレター仕様が用意された。当初設定された1600ccはコロナに設定された「ゴールデンシリーズ」からのキャリーオーバーであった。

1969年9月 ハードトップGSSを追加。
エンジンは8R・1900ccをベースにDOHC化した「10R」(後に8R-Gに呼称変更)で最高出力140ps 最高速度200km/h。

最高時速200km/hね。昔からスピード狂はいたんだね。スポーツバージョンは憧れの対象よね。

1970年2月 マイナーチェンジ。
フェイスリフトを実施。1.6Lを1.7Lに増強。

1971年2月 マイナーチェンジ(ピックアップ除く)。
フロントマスクは、その形状から「イーグルマスク」と呼ばれた。
翌年2代目(X10型)に移行後も、ピックアップPickup truck一度もフロントマスクの変更を行わないまま、1973年頃まで生産・販売された。

2009年3月1日日曜日

TOYOTA MARK II

マークII (MARK II)は、トヨタTOYOTAが1968年から2004年まで製造・販売していた中級乗用車。

1996年発売の8代目(X100型)まではチェイサー / クレスタと共に姉妹車だった。

初代のマークⅡはワイドバリエーションを誇り、4ドアセダン/2ドアハードトップ/バンに加え、ワゴン、さらにピックアップPickup truckまで用意されていた。

今の車にはないバリエーションである、ピックアップPickup truckラインナップされていたんですね。

私は、ピックアップPickup truckほしいですね。昔のほうが面白い車がおおかったかもね。

実用的な機能が一番だったのだろうが、今の時代にも、ピックアップをラインナップにあげてほしいね。

そう、姉妹車だったんですね。姉妹車のときは、エンブレムを見ないと見分けがつかないときがありましたね。

しばらくして、見慣れてくると、見分けがつくようになりましたけれども。

4代目 X60型(1980-1984年)

この形が一番かっこいいと思うのは、角ばっているからです。

コロナは歴史がある車なので、初代から、9代までモデルチェンジしてきているが、デザインを見ていると、古さを感じるというか、デザインの時代の流れがよくわかるようだ。

私は、4代目と5代目にピックアップPickup truckあったら、とってもかっこよかっただろうねって思います。

TOYOTA、CRESTA

平成2年式TOYOTACRESTA

トヨタTOYOTAクレスタ (CRESTA) は、トヨタ自動車で生産されていた高級中型乗用車であり、マークIIとチェイサーの姉妹車である。生産期間は1980年から2001年(GX50型~JZX100型)

GX70系からGX80(JZX80)系は、ハイソカーブームでマークIIと共に女性からも人気だったが、クレスタは初代ソアラと共に暴走族に好まれた。

私が若い頃、ハイソカーブームで初代クレスタから、その角ばったスタイルがかっこよかったねー。

一度は乗ってみたいものだと思っていたが、今まで手に入れて持ったことはない。

初代(X50・X60系 1980年-1984年)

角目4灯ヘッドライトやスクエア・Square cuttingのテールライトを持ち、
当時としてはスタイリッシュStylish 4ドアピラードハードトップとして登場した。マークII/チェイサーの実質的な姉妹車ではあったが、クレスタはドアパネルを共用するのみで、他の姉妹車よりも高級なイメージを持っていた。

2代目(X70系 1984年-1988年)

1984年8月登場。この代からサッシュドアを採用した一般的なセダンとなった。姉妹車であるマークIIセダンが6ライトウインドウを採用しているのに対し、クレスタは4ライトの端正なスタイルを持つ。角型4灯ヘッドライトやスクエア・カットのテールライトなど先代から受け継がれたスマートなイメージを残しつつ、より豪華な内外装となった。

3代目(X80系 1988年-1992年)

1988年8月登場。この代から4気筒、6気筒に関わらずガソリンエンジン搭載車が全てDOHC化(ハイメカツインカムを含む)されプレスドアが採用されると共に丸みを帯びたデザインとなり、
数々の豪華装備やエレクトロニクスElectronics技術も満載された。

このときのデジタルメーターDigital meterの車に乗ってみたかったよね。

4代目(X90系 1992年-1996年)

1992年10月登場。姉妹車のマークII・チェイサーともども、車体が3ナンバーサイズに大型化し、3代目のキープコンセプトであったために3兄弟の中ではやや小太りな印象を受けた。

この頃から、どのメーカーの車も丸みを帯びてきたのかなー。
角ばったデザインの車が少なくなってきたような。

5代目(X100系 1996年-2001年)

1996年9月登場。当時のRV車ブームに対抗すべく、マークII/チェイサーと共に「セダンイノベーション」のスローガンを掲げ、3兄弟の個性を明確に表現したデザインとなった。

私の感想では、モデルチェンジするたびに格好が不細工になっていったように思う。