Japanese car: 5月 2009

2009年5月31日日曜日

Hybrid vehicle

世界ではさまざまなハイブリッドカーHybrid vehicleの研究と開発に取り組んでいますが、現在、日本の自動車メーカーで生産されるハイブリッドカーHybrid vehicleは、クルマにガソリンエンジンGasoline engineと高性能モーターEfficient motorを搭載したシステム。ガソリンエンジンGasoline engineが最もガソリンを消費する発進時や加速時のマイナス部分をモーターが補うことで、ガソリンGasolineの消費量を抑え、燃費の向上とCO2の低減が図られています。

高性能モーターは走行中のガソリンエンジンGasoline engineをアシストするだけでなく、制動時(ブレーキ)には発電機としての役割も兼ね、発電機とともに搭載された高出力バッテリーに電力を補充することで、走行状況に応じたモーター稼動が行える状態を常に保ちます。

またハイブリッドカーHybrid vehicleとしての醍醐味はモーターMotorのみの走行が可能であること!深夜の住宅街などエンジン音が気になるような場所では、ガソリンエンジンGasoline engineを停止したままエンジン音を断てずに、モーターのみで2キロ程度走行することができます。

トヨタのプリウスにはこの性能が搭載され、その燃費は世界トップレベルの35km/㍑を実現!前輪駆動で1.5㍑のガソリンエンジンGasoline engineと高性能モーターが搭載される2代目プリウスは、世界初のハイブリッド車として今もなお、ハイブリッドカーHybrid vehicleとしての進化を続けています。

2009年5月28日木曜日

HONDA HYBRID VEHICLE

ホンダHONDAはインサイトINSIGHTをはじめとしたハイブリッド車HYBRID VEHICLEラインナップ計画を見直し、新モデル投入時期を予定より早めてハイブリッド車の普及を加速させる。

2010年前半にCR-Zをベースとした新型スポーツハイブリッドカーSPORTS HYBRID VEHICLEを、同年後半に低価格のフィット・ハイブリッドFIT HYBRIDを立て続けに投入するというもの。

昨年発表された計画ではフィット・ハイブリッドFIT HYBRIDより先に行なわれる予定だったシビック・ハイブリッドCIVIC HYBRIDのリニューアルについては時期を検討中。

インサイトINSIGHTは発表後、ホンダディーラーに客足を呼び戻し、4月の国内新車登録台数では1万0481台を記録してハイブリッド車で初めて首位を飾った。

今月18日にはついにトヨタ自動車が新型プリウスNEW PRIUSを発売、受注はすでに8万台を超えた。

インサイトINSIGHTにしてもプリウスPRIUSにしても、支持されるのは燃費のよさとともに圧倒的な低価格である。

新型プリウスNEW PRIUSは205万円から、旧型プリウスPRIUSは装備を簡素化し、インサイトの最低価格と同じ189万円で手に入る。

このような販売状況を考えるとホンダHONDAが少しでも早く、安いハイブリッド車をたくさん投入したいという意図は想像に難くない。


ハイブリッド車HYBRID VEHICLE戦略の前倒しで、よりいっそう開発が急かされるのが、ホンダとジーエス・ユアサコーポレーションの合弁会社ブルーエナジー産のハイブリッド車用リチウムイオン電池だ。

10年秋に量産を開始、「同時期に投入するクルマにブルーエナジー産の電池を使う」ので、フィット・ハイブリッドにはそれまでホンダHONDAのハイブリッド車に使われていたニッケル水素電池ではなく、リチウムイオン電池が使われる可能性もある。


経済環境の急変で、それ以前に立てた計画が通用しなくなったとき、世の中の動きにいかに早く徹底的に対応できるかが、自動車業界で生き残りのカギとなるのは言うまでもない。

次世代の自動車と思われていた電気自動車が、ハイブリッド車HYBRID VEHICLEという形でこんなに早く世の中に出てきて、しかも、一般市民も買うことが出来るようになるとは、おもはなかったですよね。

経済が悪くなっているので、私のような低所得者には、幾らハイブリッド車HYBRID VEHICLEが安くなったといっても、まだまだ、高嶺の花ですが。

2009年5月27日水曜日

ハイブリッドカー Hybrid vehicle

ハイブリッドカー Hybrid vehicle

ハイブリッドHybridというのは、ふたつ以上の異なるものを組み合わせてひとつにするという意味で、自動車の場合、作動原理の異なる動力源を組み合わせて走行する自動車のことをいう。

現在、普及しているものは、エンジンEngineとモーターMotorとバッテリーBatteryを組み合わせたもので、ハイブリッドカーHybrid vehicleの代名詞となっている。

この中にも、エンジンEngineを発電、モーターMotorを回生のみに使用して、モーターMotorで駆動する「シリーズ方式」、複数の動力源を利用し、エンジンEngineが駆動も発電も行ない、モーターMotorも走行にも回生ブレーキにも用いる「パラレル方式」、エンジンEngineとモーターMotorの出力を、プラネタリーギアを用いて分割し、それぞれを別個に効率よく利用する「スプリット方式」などがある。

トヨタ自動車は26日、新型ハイブリッド車(HV)「プリウス」の受注台数が25日までに11万台を突破したことを明らかにした。18日の発売の時点で先行予約は既に8万台を超えていたが、1週間でさらに受注を伸ばし、HV人気を改めて裏付けた形だ。(時事通信)

トヨタのプリウスが絶好調ですね。
税制の後押しもあるのでしょうけど、さすがにすごい。
残業による増産も始めるとか。
車産業も、少しずつ元気になってきているようです。

ガソリンもじわじわ値上がりし始めているようなので、やはり、ハイブリッドカーHybrid vehicle
ほしいですね。

2009年5月25日月曜日

The fifth generation TOYOTA CROWN

5代目 S80型(1974年-1979年)The fifth generation TOYOTA CROWN

1974年10月
登場。販売の低迷した先代とは一転して、重厚感を強調したスタイリングに改められた。

ボディバリエーションはこれまでの4ドアセダン4DOOR SEDAN、2ドアハードトップ2DOOR HARD TOP、ワゴン/バンWAGON/VANに加えて、4ドアピラードハードトップが加わった。

同時期の国産他車種の例に漏れず、排ガス規制に翻弄されたモデルである。

4輪ディスクブレーキの新採用(2600ロイヤルサルーン)、車速感応式のパワーステアリングPower steering、オーバードライブ付き4速オートマチックFour-speed automatic with OverDrive(世界初World first)などの新装備が設定。

なお、先代から設定されたESC(ABS)は新設計となり、作動時のフィーリングを向上させている。

1976年11月
マイナーチェンジminor changeでフロントグリル、テールランプ変更。

1977年
上級指向ニーズに対応すべく、エクストラインテリアを採用した「スーパーサルーン・エクストラ」発売。コラムシフトColumn shift車にはラウンジシートが採用。

ハードトップHARD TOPにはデラックスをベースに、タコメーター、チェック柄部分ファブリックシート、ウッドステアリング・シフトノブ、アルミホイールが装備されたデラックス・カスタムエディションも設定。
1978年2月

マイナーチェンジminor changeで内外装変更。4ドアハードトップ2DOOR HARD TOP、のヘッドランプ周りが大幅に変更。
同年9月、2200ccディーゼル追加。

2009年5月24日日曜日

The fourth generation toyota crown

4代目 S60型(1971年-1974年)The fourth generation TOYOTA CROWN

1971年2月に登場。この代から正式名称が「トヨペット・クラウンTOYOPET CROWN」から「トヨタ・クラウンTOYOTA CROWN」に改称されている。

ボディバリエーションは4ドアセダン、2ドアハードトップ、カスタム(ワゴン)/バンの3本立てとなった。

初代セリカをほうふつとさせる、時代を先取りしたスピンドル・シェイプ(紡錘形)と呼ばれる丸みを帯びたスタイルが最大の特徴であったが、あまりに突出したデザインであったため、法人ユーザーに敬遠され、同時期にモデルチェンジRESTYLINGしたセドリック/グロリアCEDRIC/GRORIAに販売台数で逆転される。

最上級グレードとして新たに設定された「スーパーサルーン」を筆頭に、セダンが「スーパーデラックス」「デラックス」「オーナーデラックス」、ハードトップは「SL」「スーパーデラックス」「ハードトップ」とセダンに準じた構成となった。またバンにも「デラックス」が設定された。

装備面ではESC(後輪ABS)・EAT(電子制御式自動変速機)をSLに、オートドライブをSL、スーパーサルーン、オーナーデラックスにオプション設定したことなどが挙げられる。

さすがは、高級車ですね。こんな時代にABSとか付いていたなんて、ぜんぜん知らなかったね。

1971年4月には、2600ccエンジン(4M型)を搭載したモデル(3ナンバー登録)が登場し、高級車化に拍車がかかった。

1973年2月のマイナーチェンジではボデー同色一体型だったバンパーをクロームの大型にするなどのフェイスリフトが施されたが、人気の回復には至らず、「クラウン史上最大の失敗作」と言われた。

The third generation TOYOTA CROWN

3代目 S50型(1967年-1971年)The third generation TOYOTA CROWN

1967年9月
登場。トヨタ自動車工業(トヨタ自工)が前年に完成させたデザイン・ドームから生まれた最初の車種。「日本の美」を追求したスタイリングは先代よりさらに低く、長くなり、曲面ガラスの採用によって安定感を増した。

この代からのクラウンは私が生まれた後のデザインなので、見覚えがありますよ。

ボディーカラーでは法人需要をイメージさせる黒から、高級感と清潔感のある白へとイメージチェンジを図り、現在も広告史に残る「白いクラウン」のキャッチコピーでキャンペーンを展開した。

この結果クラウンは圧倒的なシェアを獲得し、月販も4000台から6000台と、名実共に国産高級車をリードする存在となる。

この頃からなんでしょうか、「いつかは、クラウンCROWN」。

この時代のクラウンでもいいから乗りたいですね。

スーパーデラックスSuper-deluxeには電磁式トランクオープナーや完全自動選局式AM/FMラジオ、音叉時計、後席専用の読書灯といった豪華装備が採用されている点が特徴。

この代から商用車系(バンVAN、ピックアップPICK UP)にもクラウンCROWNの名が与えられる。カスタム(ワゴンWAGON)はリアドアが改められ、さらにサードシートが設けられ8人乗りとなった。

1968年10月
より個人ユーザーの拡大を図る目的でクラス初となる2ドアハードトップが追加。角型2灯ヘッドランプとなり、スポーティーさと個性を主張したエクステリアが特徴的で、グレードは「HT」、「HT-SL」の2つのみ。

1969年
マイナーチェンジRESTYLINGされ、内外装のフェイスリフトを実施。

ハードトップにも「スーパーデラックス」が追加。セダンの「スーパーデラックスSuper-deluxe」の前席三角窓が廃止。

2009年5月21日木曜日

The second generation TOYOTA CROWN

2代目 S40型(1962年-1967年)The second generation TOYOTA CROWN

1962年9月

デザインは当時のアメリカ車の影響を強く受けたものであり、フォード・ファルコンFord falconが直接の手本とされた。

「涙目」と呼ばれるテールランプとトヨタの頭文字である「T」をモチーフとしたジュラルミン製Made of duraluminのフロントグリルが特徴。

性能面では、「ハイウェイ時代」に対応できる自動車としての根本改良が図られた。

バリエーションはセダンSEDANに加え「カスタムCustom」と呼ばれるワゴンWAGONが加わり、いずれにもトヨグライド車が用意された。

トヨグライド(国産初のAT)

1963年9月
マイナーチェンジRESTYLING。グリルの大型化とテールランプの形状変更が行われ、トヨグライドは完全自動化された。

1964年4月
上級車種の「クラウン・エイト」(VG10型)が登場。クラウン・エイトは通常モデルのボディーを前後左右に延長・拡幅して新開発のオールアルミV8エンジンAll aluminum V8 engineを搭載したもので、この後登場するセンチュリーCenturyのパイロット・モデルPilot modelというべきものであった。

1965年7月
マイナーチェンジRESTYLING。フラッシャーのバンパー埋め込みやテールランプのデザインが変更になる。

1965年11月
新開発のM型,2000cc6気筒エンジンが追加される。

この6気筒モデル(MS40型)にはデラックスDeluxeのほかに、フロントディスクブレーキ、ツインキャブ、フロアシフト、タコメーター等を装備したスポーティーグレードSporty gradeの「S」も用意された。

1966年3月
カスタム、スタンダード、オーナースペシャルの3グレードに6気筒エンジンSix cylinder engineが追加される。

同年11月に、最上級グレードとして「スーパーデラックスSuper-deluxe」が追加。
1967年9月


MS50系・RS50系にモデルチェンジで販売終了。

韓国の新進自動車(現:GM大宇)でもノックダウン生産されていた。

2009年5月20日水曜日

Founder TOYOTA CROWN

初代 S30型(1955年-1962年) Founder TOYOTA CROWN

1955年1月 登場。

ボディデザインはトヨタTOYOTA
の社内デザインで、アメリカ車の影響が濃厚だった。

何年か前に、この初期型の復刻版型ボディーのクラウンが限定発売になったが、お値段はかなり高かったように思う。でも、何度か走っているのを見たよ。

本物は見たことがないよ。製造年月日は私の生まれるまえだものね、無理もないよね。

乗り降りしやすさを重視した観音開きのサイドドアが外観上の特徴である。

公称最高速度は100km/h

真空管式カーラジオVacuum tube type car radio
やヒーターなど、当時における「高級車」としてのアコモデーションを備えたトヨペット・クラウン・デラックスToyopet crown deluxe」が登場している。

酷使されるタクシー向けと商用車には、セダン型の「トヨペット・マスターToyopet master
」と、ライトバン・ピックアップトラックの「トヨペット・マスターラインToyopet mastering line
」が開発された。

前後輪ともリーフスプリングReef spring
で固定軸を吊り、トラック同様の高い強度の足回りを持たせたうえで、パワートレーンなどはクラウンと共通。

しかし、クラウンはタクシーとしても人気があり、独立懸架の耐久性にも問題がないことが判明したため、マスターは短期間で生産中止され、マスターラインもS20系クラウンと共通のボディーへ変更された。

2009年5月19日火曜日

TOYOTA CROWN

TOYOTA CROWN

名前は「王冠」の意味であり、初代から現行型までフロントグリルのエンブレムにも使用されている。

日本国内市場に重点を置いた車両であり、公用車や多くの企業に社用車として用いられる。トヨタの量販車の中でも最上級モデルの地位を長く担い、「いつかはクラウン」のキャッチコピーに象徴されるように、一般に高級車Luxury car
として認知されている。信頼性や耐久性の高さから、タクシーTaxi
・ハイヤーHired car
、教習車Instruction car
、パトロールカーPatrol car
といった業務用車両Business vehicleや特殊車両Special-purpose vehicleとして使われることも多い。

いつかはクラウンCROWNですよね。いつかは乗りたいものです。(中古車でもいいです。)(笑)

トヨタ自動車を代表する車種の一つである。

同クラスの輸入車には、メルセデス・ベンツ Eクラス、BMW・5シリーズ、アウディ・A6がある。

車体形状は現在4ドアセダンのみだが、以前は2&4ドアハードトップtwo& four-door hardtop、ステーションワゴンEstate car、ライトバンvan、ピックアップpick upも存在した。かつては、ボディスタイルを優先してドアの枠を省略した4ドアピラードハードトップが主流であったが、S170系からハードトップと同様の外観を持つサッシュ付のセダンとなる。これとは別に、X80系マークIIをベースに車体を5ナンバーサイズ及び中型タクシーの枠内に納め、耐久性やランニングコストを重視したクラウンコンフォート、装備及び内外装を充実化したクラウンセダンというモデルがある。前者はタクシーなどの営業車専用モデル、後者は主に公用車や個人タクシー向けである。

2009年5月18日月曜日

टोयोटा एस्टीम

3代目(2006年-) The third generation TOYOTA ESTIMA

2005年の東京モーターショーTokyo Motor ShowにてコンセプトモデルConcept modelが発表され、市販仕様はこのコンセプトモデルに準じたデザインで2006年1月16日より市販された

エクステリアデザインは2代目の正常進化型だが、ヘッドランプは涙目風のデザインを採用し、より精悍な印象となった。

また、三角窓を継続して採用したほか、全てのピラーをブラックアウトし、ルーフが浮いているようなイメージの「フローティングルーフ」となっている。

また、2代目はウィンカーにサイドマーカーを採用していたが、3代目ではそれがなくなり、代わりにサイドターンランプが付いたミラーが標準装備となった。

エンジンは新開発の2GR-FE型3500cc・V6DOHCの280psと国産ミニバン初の280ps達成。

また、2400cc・直4はモデルチェンジを機に170ps・22.8kgmとパワーアップPower-upした。ハイブリッドHYBRIDでは燃費は20km/lに向上した。

シートタイプはこれまで通り7人乗りと8人乗りが設定されるが、3列目シートは2代目のチップアップ式とは異なり、床下収納式となっている。

7人乗りならスーパーリラックスモードが使える。

それは3列目のシートを収納した状態で2列目のシートを最後尾までスライドさせれば、まるでリムジンLimousineのような広大なスペースが生まれるシートアレンジ。

8人乗りには2列目シートにチップアップ機能を備え、床下に収納できる3列目シートを活用して広大な積載スペースを確保することができる。

燃費にも優れており、JC08モード走行で18.0km/L(10・15モードで20.0km/L、車両重量により変動あり)と、同排気量クラスでは世界トップレベルの低燃費を達成している。

エスティマハイブリッド TOYOTA ESTIMA HYBRID

エスティマハイブリッド TOYOTA ESTIMA HYBRID

エスティマハイブリッドTOYOTA ESTIMA HYBRID
は、2001年6月に登場したトヨタ自動車ではプリウスPRIUSに次いで二番目、ミニバンでは初となる市販のハイブリッドカーHybrid Vehicleである。

重量がおよそ1.85トン、排気量2.4Lのガソリンエンジンを搭載する車両ながら10・15モードで18.0km/l(マイナーチェンジ後は18.6km/l)という低燃費を達成している。

エスティマハイブリッドTOYOTA ESTIMA HYBRID
に搭載されているハイブリッドシステムHybrid System THS-C(Toyota Hybrid System-CVT)は、前輪を駆動させるガソリンエンジンをジェネレーターを兼ねる電気モーターでアシスト、前輪へは効率の良いCVTを通して動力が伝えられる。

さらにエンジンの動力を伝えるプロペラシャフトを用いず、ジェネレーターを兼ねるモーターをリアアクスルに搭載、このモーターmotorの動力のみで後輪を駆動する四輪駆動システムE-Fourを搭載する。

運転の際は停車時にはエンジンを停止してガソリンの消費を抑え、発進時はバッテリーの充電量が減っているときなどを除いてモーターmotorのみで駆動、必要に応じて後輪も駆動させる。

通常走行時はエンジンのみで駆動し、高負荷時はエンジンをモーターmotorがアシストする。

エスティマハイブリッドTOYOTA ESTIMA HYBRID
はプリウスPRIUS と比べモーターmotorよりもエンジンがメインとなっている。

減速時には前後のモーターmotorを使った回生ブレーキRegenerative brakeにより運動エネルギーを電気エネルギーに変え、Ni-MHバッテリーに貯める。

回生ブレーキRegenerative brake使用時はエンジンに動力が伝わらないように切り離すことで効率よく回生が行われるようにしている。

また、ハイブリッドシステムHybrid Systemを搭載したことにより、AC100ボルトのコンセントから最大1500ワットの電力を供給することができるようになった。

2009年5月17日日曜日

The second generation TOYOTA ESTIMA

2代目(2000年-2006年)The second generation TOYOTA ESTIMA

2代目は2000年1月6日に発売された。 のちに欧州市場向け(プレビア)とオセアニア向け(プレビアもしくはタラゴ)も発売されたが、北米向けは発売されなかった

初代のミッドシップエンジン Midship engine を改め、卵型の丸みを帯びた車体を踏襲しつつもカムリのFFシャーシを用いたことにより、更に乗用車のイメージが強くなった。

なお、2代目以降はフロントエンジンfront engine ・フロントドライブである(エミーナ/ルシーダは統合のため廃止)。

2001年6月にはハイブリッド Hybrid  版のエスティマハイブリッド ESTIMA Hybrid  が発売された。

また、クルーズコントロール Cruise control をGの3000ccクラスに標準装備し、レーダークルーズコントロール Radar cruise control  をメーカーオプションThe manufacturer is optional.  で設定している。

このようにトヨタの先進装備を搭載し、“スポーティミニバン”であるとともに、“高級ミニバン”としての風格を逃さないようにしている。

2002年には同車のシャシーを利用してアルファードが作られた。

よってこの二車は姉妹車であり、これはエンジンラインナップからも明らかであり、後日ほぼ同様のシステムでハイブリッド版も発売された。

この代からパワースライドドアPower slide door が設定され、センターメーターCentral meter も採用されている。

初代エスティマの失敗を踏まえ、様々な改良を加えた結果、大ヒットSmash hit となり、3代目が発売されている現在でも、中古車市場において大きく値崩れをすることのない人気モデルPopular model となっている。

2009年5月15日金曜日

TOYOTA エスティマ ESTIMA

初代(1990年-1999年)

初代は1990年5月12日に発売され、その卵をイメージさせる未来的なスタイルFuturistic style で注目を集めた。

従来のワンボックスカーでは前輪前・運転席下に位置しているエンジンを、横に75°寝かせることにより平床化に成功、前輪も運転席の前方に置くことにより、世界にも例を見ないアンダーフロア型Under floor type ミッドシップレイアウト Midship layout  が採用された。

驚きを持って迎えられたエスティマ ESTIMA ではあったが、日本国内ではその大柄なボディサイズが扱いにくいとされると共に、高額であったため、また北米市場では2.4Lエンジンが非力、欧州市場では高価だと言う理由で支持を得ることが出来なかった(海外名プレビア)。

また競合他車がV6エンジンを搭載する中で、直列4気筒と気筒数で劣るエスティマ ESTIMA は価格に比して、静粛性、ひいては高級感に劣ると評された。

それでもエスティマ ESTIMA は、独創的なスタイルとメカニズムをものにした、ある意味、トヨタらしい車でもあった。

当時の日本国内では、1991年6月に発売された、日産・バネットセレナが発売されて人気を博していた。

対抗馬としてのエスティマは大柄すぎたため、翌1992年1月には車幅を短縮、前後のデザインを変更し、5ナンバー(小型乗用車)枠に収めた(サイズは5ナンバー枠だが、エンジンが2000ccを超えているためガソリン車に限っては3ナンバー車扱い)「エスティマ・エミーナ(Estima Emina)」、「エスティマ・ルシーダ(Estima Lucida)」を発売した。

コンパクトな2ストロークエンジンを搭載した新時代のMPV(マルチパーパスビークル)というコンセプトの肝であるエンジンが完成しなかったために、エスティマ ESTIMA は非常に不幸なモデルライフを送ることとなってしまった。

販売台数を稼いでくれた子エスティマ ESTIMA では前席足元スペースが狭く、その乗り味も本来の親エスティマ ESTIMA が持っていた大らかな乗り味ではなく、ミッドシップを強調するキビキビ感が強調された味付けになっていることから、開発陣が目指したいたものとは違う方向となり、戦略の転換を余儀なくされた。

しかし、現在でもその際立ったスタイルから、カスタムカーのベースとして人気を保っているのは紛れもない事実である。

また、大らかな乗り味と、バランスの良いハンドリング、ミニバンを忘れさせるような運転のしやすさから、代わりになるクルマが無く、中々手放さないオーナーが多いのも事実である。

2009年5月14日木曜日

Hybrid vehicle TOYOTA PRIUS

ホンダHONDA 『インサイトINSIGHT 』はエンジンと直結した1つのモーターが発電と駆動の両方をこなす「IMA」と呼ばれるマイルドHV(ハイブリッド)。

トヨタ TOYOTA  『プリウス PRIUS  』は発電用と駆動用の2つのモーターを装備する「THS-II」と呼ばれるフルHVに種別される。

システムの特徴は、インサイトINSIGHT がエンジン主導型(モーターMotor はエンジンと常に一緒に回る)なのに対して、プリウス PRIUS  ではプラネタリーギヤ(動力分割機構)を介してエンジンとモーターMotor とを一緒にも個別にも駆動させることが出来る(+発電機)。

プリウス PRIUS  がこの方式を採用する理由は、可能な限りエンジンを停止させることが出来るからと、将来のプラグインHVへの移行がスムーズに行えるからだ。

インサイトINSIGHT では、モーターMotor やバッテリーのシステム重量を落として軽量化し燃費性能を稼いでいる。
その結果、モーターMotor 出力などは落としているのだ。

対するプリウス PRIUS は、リダクションギヤ(トルク増幅ギヤ)の採用を含めてモーターMotor 出力を上げエンジンも1.5リットル→1.8リットルへと排気量アップしシステム出力は136ps(+23ps)となった。

エンジンの排気量アップによって、高速走行時のエンジン回転数を約15%低くすることでこれまで苦手とした高速燃費を向上させている。他に、エアロダイナミクスもCd値0.25というすさまじい値だ。

2009年5月13日水曜日

Hybrid vehicle

Hybrid vehicle hybrid car


日本自動車販売協会連合会(自販連)が11日に発表した4月の車名別新車(軽自動車を除く)販売で、ホンダ HONDA が2月に発売したガソリンエンジンと電気モーター併用のハイブリッド車Gas-and-electric-powered car (HV)「インサイト( INSIGHT ) 」が1万481台と、トップに立った。

 Gas-and-electric-powered carがトップになるのは初めて。ガソリン代が節約できる低燃費と、最低価格189万円の“お買い得感”に加え、4月に始まったエコカー減税により、消費者の絶大な支持を集めた。

 軽を除く登録車の首位はトヨタ TOYOTA 自動車のカローラなど大衆車の“指定席”。

トヨタ自動車が新型「プリウスPrius」を最低価格205万円で発売する予定で、Gas-and-electric-powered carの“大衆化Popularization ”が一気に加速しそうだ。

ハイブリッドカー( hybrid car)とは。

一般には、エンジンと電動機を組み合わせた自動車を指していると思う。

作動原理が異なる二つ以上の動力源をもち、状況に応じて単独、あるいは複数と、動力源を変えて走行する自動車のこと。

自動車のエネルギー効率は、“Well to Wheel”(油井から車輪)までの総合効率で考える必要があるが、ハイブリッドカーは総合効率が電気自動車や燃料電池自動車と同程度であり、環境負荷の低い実用車として注目されている。


地球環境にやさしいといわれるクルマ「ハイブリッドカー hybrid car 」。

CO2の低減と燃費向上を目的に、世界で初めて作られたハイブリッドカー hybrid car がトヨタの「プリウス」。

最近ではガソリン代が高騰を続け家計が圧迫されるようになってから、クルマを所有する家庭ではガソリン代を少しでも節約しようとハイブリッドカーに乗り換える方が多いようです。

またハイブリッドカー hybrid car はステータスシンボルとしても乗られ、ハイブリッドオーナーとしての誇りをさりげなく満たしてくれます。

ハイブリッドカー hybrid car の量産販売に世界で初めて成功した自動車メーカーが日本のトヨタ自動車。

1997年に世界初のハイブリッドカー hybrid car 「プリウス」が発売されてからすでに10年が経過し、今ではトヨタからエスティマのほか数車種のハイブリッドカー hybrid car が販売されています。


トヨタ自動車以外では、最近ホンダ自動車から「シビックハイブリッド」が発売され、ハイブリッドカー hybrid car を量産・販売しているのは、世界中で日本の トヨタ と ホンダ の2社のみ。

2009年5月12日火曜日

Trailer accident

トレーラー事故 Trailer accident

今日、朝通勤後の時間に、会社の近所の国道のカーブで、トレーラーTrailer が横転していました。

現場は、急な左カーブです。

大型の単車でも曲がりにくいカーブで、スピードを落とさないと曲がりにくいカーブだ。

今日の事故を起こしたトレーラー Trailer は、県外の車だったようで、道に慣れていなかったのかもしれない。

運転手さんも、県外の方なら、いろんな道を走っているだろうに、急いでいたのだろうか、眠かったのか、

うっかりだったのだろうね。

しかし、現場は、電力会社と、NTTの両方のケーブルが架かっている電柱もポッキリと折れていた。

幸いに、電力線も、NTTケーブルも、光ケーブルもどれも切れていなかったそうなので、運転手さん、賠償が少なくてよかったね。

でも、トラクター Tractor  の修理、トレーラー Trailer の修理、電柱の取替え修理、ケーブルの張替え修理、荷物の保障などを、考えると、とってもお金がかかるんだろうな。

事故車の引き起こしに、 25tクレーン と、 50tクレーン が1台ずつトラクターの移動に、回送車1台、トレーラー Trailer  の移動に、トラクター Tractor  1台も来ていた。

このことだけでも、大変だ。

事故に巻き込まれた人は居なく、けが人は、運転手が、小指をちょっと擦りむいたくらいだったそうなので、よかったね。

私も、普段は、小型乗用車しか運転しないが、たまに、大型トラックを運転するので気をつけないといけないな。

2009年5月10日日曜日

Trailer

セミトレーラー Semitrailer

日本では最も一般的なトレーラー。The most general in Japan trailer.

縦列駐車や後退が可能。あらゆる用途のトレーラーSemitrailerに使われる。

トラクタTractor とトレーラーtrailer の両方が連結される事を前提とした構造になっており、連結時にはトラクタの第5輪(連結部分)がトレーラーtrailerの前輪を兼ねる。

トラクターTractor 単体には積載スペースがなく、トレーラーtrailer単体には前輪がないため、非連結時にはどちらも運搬車としての役割を果たさない。

フェリーなどに荷物を積み込む際には荷台のみ切り離して運搬することが可能なため、運転手の人件費を安く抑えることができる。

なお、トラクターTractor側の連結器はカプラー、トレーラーtrailer側の連結装置はキングピンと呼ばれる。

フルトレーラー Full trailer

一台の貨物車の後ろに単体の荷台が連結されたもの。

セミトレーラーと違い、トレーラーtrailer の荷重がフルにトレーラー自身にかかるため、区別して呼ばれる。

トラクター(フルトラクター)とトレーラーtrailer それぞれの連結部分が可動式の、通称ドリー (A-Dolly) 式のため、2箇所で屈曲が起こるため後退がほぼ不可能に近く、あまり普及はしていない。

しかし最近ではこの形式に代わるセンターアクスル(C-Dolly)式というものが登場し注目を集めている。

これは、可動部をトレーラー側連結部のみの1箇所とし、かつトレーラーのタイヤ軸を中央に集めることで、セミトレーラーと同じ感覚での後退を可能にしたものである。

いずれもルネットアイをトラクターのピントルフックに連結する方式。

ポールトレーラー Pole trailer

長尺物の運搬に使われるもので、積載物自体をフレームとすることで、トラクターTractorとトレーラーtrailerが連結されるタイプのものを指す。

当然ながら、強度の低いものや、変形の大きい貨物には適さない。

通称「奴」(やっこ)とも呼ぶ。

ナンバーは9で大型特殊になるが、運転免許はけん引だけでよい。

主な構造として、運搬する長尺物の寸法にあわせて伸縮可能なパイプ(ドローバーまたはステアリングバー)の先端のルネットアイをトラクターTractorのピントルフックに引っ掛け、けん引車側とポールトレーラ側の各支点にターンテーブルを設置し、その2台のターンテーブルの上に荷物(主に長尺物)を載せて走行する。

セミ用とフル用の両方の連結装置を使用し、ポールトレーラー側を逆位相で舵切りさせて内輪差を抑えるのが特徴。

積載されるものとしては、レール、橋梁、コンクリートパイル、原木、鉄道車両、鉄筋、円柱形重量物(煙突など)などが挙げられる。

積載物の後ろが荷台よりはみ出る事が多く、従って、夜中など交通量の少ない時間帯に利用される事も少なくない。

2009年5月9日土曜日

Hybrid vehicle HONDA INSIGHT

Hybrid vehicle HONDA INSIGHT

初代(1999-2006年 ZE1型)

1997年の東京モーターショー Tokyo Motor Show で発表されたコンセプトカーConcept car 「J-VX」を市販車にアレンジし登場した「インサイトINSIGHT 」は、世界最高水準の低燃費を目指した。

かつてのCR-X(特に2代目)を彷彿とさせるコンパクト Compact  なハッチバッククーペ型Hatchback coupe type の2人乗りで、特徴的な外観であるリアホイールスカートRear wheel skirt を採用するなどして、徹底した空気抵抗低減のためのデザインが施され、Cd値は0.25だった。

車体は、NSXの技術をさらに進化させたアルミフレームAluminum frame で、フロントフェンダーFront fender 等には初代CR-Xと同様に樹脂材が使用されている。 

搭載される原動機は、ECA型 995cc 直列3気筒 SOHC VTECエンジンとアシスト用薄型DCブラシレスモーターとで、ホンダはこのシステムにIMAという名前をつけている。

走行時には必ずエンジンが動作しているという点が、トヨタのプリウスと異なる広義の「パラレル型Parallel type 」ハイブリッドシステムHybrid system である。

トランスミッションTransmission は、5速MTとCVTが用意される。

1999年9月6日 - 発表。
燃費は当時の量産ガソリン車として世界最高の35km/L(10・15モード)だった。

1999年11月1日 - 国内販売開始。

2003年11月20日 - 初のマイナーチェンジminor change。
キーレス・エントリーシステムKeyless entry system やイモビライザーImmobilizer など装備面での充実をはかる。

2004年10月14日 - 2度目のマイナーチェンジminor change が行われ、燃費が36km/L(10・15モード/MT車)になる。

2006年7月 - 生産中止Production stoppage 。

販売台数Numbers of sales は世界全体で約17,000台で、うち日本国内は約2,300台であった。

その後、2代目インサイトsecond generation INSIGHT が発売される2009年までの間、ホンダHONDA のハイブリッドカーHybrid vehicle は、シビックハイブリッドCivic hybrid のみとなっていた。

2009年5月8日金曜日

DATSUN TRUCK

DATSUN TRUCK

ダットサントラックDATSUN TRUCK の「ダットサンDATSUN 」とは、かつて日産自動車に存在した小型車専用「ブランド」で、ダットサントラックDATSUN TRUCK のみにその名を残していた。

日本車の車名としてはもっとも長い歴史を誇る(日本国内向けにおいては10代・67年)。

通称は「ダットラ」。

D21型以後では、北米向けを「フロンティアFrontier 」、欧州向けを「ピックアップ Pick up   」、大洋州およびイギリス向けを「ナバラNavarra 」、南アフリカ向けを「ハードボディHard body 」と、地域ごとに車名を使い分けている。


北米「フロンティア」および「ナバラ」(欧州向けはナバラに名称統一)は、サイズアップした次期型のD40型にモデルチェンジされている。

初代 10T型(1935年-1943年)
どんな形のトラックだったのか見てみたいですね。

2代目 1121型(1946年-1955年)
私が生まれる前の車ですね。

3代目 120型(1955年-1957年)
これも私が生まれる前の車ですね。

4代目 220型(1957年-1961年)
これも私が生まれる前の車ですね。今も原型があればトラッキンのベースにはいいと思うよね。

5代目 320型(1961年-1965年)
1961年8月、320型系発売。

120型系をほぼそのまま受け継いだ220型系の旧態化に伴い、フレームとボディーが一新された。

車型は、シングルキャブの「トラックTRUCK 」(320)、乗用車風ダブルキャブの「ピックアップPick up 」(U320)、2ドアの「ライトバン Van 」(V320)の3種で、トラックにはロングホイールベース(G320)と高床の設定があるなど、これまでのラインアップを踏襲している。

居住空間と荷台(荷室)が拡大されたことに加え、扱いやすく快活なエンジン特性と頑強なシャーシにより市場の支持を得て、1t積トラックのベストセラーとなった。

2009年5月7日木曜日

The ninth generation NISSAN SUNNY

9代目 B15型(1998年-2004年) The ninth generation NISSAN SUNNY

1998年10月にB15型にモデルチェンジRestyling

ボディタイプBody type は4ドアセダンFour-door sedan のみでなおかつ歴代サニーで唯一派生モデルが存在せず、完全な国内専用車Car only for JAPAN となった。


スポーツグレードSports grade である「1.6 VZ-R」には、B14型ルキノやN15型パルサー/ルキノハッチで採用された青いヘッドカバーの1600cc「NEO VVL」エンジンSR16VE型を搭載。

無鉛ハイオク仕様Nonlead high octane specification

トランスミッションTransmission は5速MTFive velocities MT のみ。

エアコンAir conditioner はマニュアルエアコンのみOnly the manual air conditioner の設定で、「スーパーサルーン」系とほぼ同等の装備を有する。

312台の少数販売にとどまり、2000年8月に販売終了。


2002年5月にはマイナーチェンジMinor Changeが行われ、バンパーの全塗装化、フロントマスクの変更、アクティブヘッドレストの採用および内装の仕様変更がなされたほか、排出ガス規制強化にともない2200cc直噴DOHCディーゼルエンジン(YD22DD)と1800ccNEO Di直噴ガソリンエンジン(QG18DD)がラインナップから落とされる。車名ロゴが「Sunny」から「SUNNY」に変更Change される。


最終型にあたる9代目(B15型)サニーは、モデルの伝統に沿った昔ながらの実直・堅実な内容のコンパクトセダンではあったが、その伝統的コンセプト自体が陳腐化しており、ユーザー層の縮小と高齢化傾向も顕著で、発展性が非常に乏しくなっていた。

市場における車種の多様化とミニバン指向で日本市場での低迷は著しく、日産は企業改革および変革の一策として、普遍的ブランドとしての寿命が明らかに尽きた「サニー」に見切りを付けたと言える。

1960年代の大衆車として世に出たサニーは固定ユーザーと共に老いた「老人車」として2004年10月をもって38年の歴史に幕を下ろしたのであった。